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遠回りしたけど、


自分で見つけた道

政経学部 経済学科2年
岩田 悠司さん (高校卒業程度認定試験合格)

悠司さん

:

高校に入学して2週間で学校に行かなくなって、それから数ヶ月後に高校を中退して・・・。あの時は、お父さんにもお母さんにも心配かけたね。

お父さん

:

高校に通ってくれる方が親としては安心ではあったよ。でも、学校に魅力を感じられないなら無理に通わなくてもいいし、別の生き方もあるよなと思っていた。悠司は小さい頃から、興味のあることには夢中になるけど、興味がないことはやらない性格だったから、中学や高校みたいに満遍なく勉強をしなくちゃいけない環境には合わなかったな。だから、大学のように自分の好きな勉強ができる方が合っていると思う。

悠司さん

:

退学してから、何もしない期間もあったけど、その後はリゾートバイトやイベントのバイトをしたり、塾のフリースクールに通った時期もあった。当時はそうやって過ごす中で、何かに挑戦したいと思ったんだ。

お父さん

:

それから専門学校に入って、簿記の資格に挑戦したこともあったね。

悠司さん

:

その頃から株式投資に興味があったから、簿記の資格を取って税理士を目指すのもいいのかなと思ったけど、自分のやりたいこととは少し違うなと感じて。その後は、運送会社の社員として2年ぐらい働きながら株式の勉強を続けてたけど、「そもそも俺って、経済の仕組みもちゃんとわかってないよな・・・」と気づいたんだ。それで20歳の時に、きちんと経済を学ぶために、大学受験に挑戦した。

お父さん

:

会社員の頃から予備校にも通って、夜の時間に勉強していたね。仕事をしながら勉強も両立するのは大変そうだった。

悠司さん

:

受験前の一年は、会社もスパッとやめて予備校に通いたいと言い出した時はどう思った?

お父さん

:

悠司がやりたいことなら、頑張ってみなよという気持ちだったかな。

悠司さん

:

予備校に通いはじめてから、最初は他の浪人生と一緒に授業を受けていたけど、3ヶ月ぐらいで行かなくなったりと、そこでもいろいろあった。最後の一年は本気でやらなきゃと思って、友達とも連絡を取らないようにしていたんだ。

お父さん

:

あの時はつらそうだった。そうは言っても、代わりにやってあげられることじゃないしね。後押しすることしかできなかった。親がせっついても、かえって逆効果だと思ったんだ。

悠司さん

:

拓殖大学は一般受験で受験回数も1回のみと決めていたから、本当の一発勝負だった。これでダメなら今年で終わりにしようと思っていた。

お父さん

:

拓殖大学なら、家からも近くて、昔から馴染みのある大学だったから、お父さんもお母さんも賛成だったよ。実際に合格した時は、晴れて大学生になれたんだなとうれしかった。だいぶ遠回りはしたけど、ついに自分で見つけた道に一歩進めたと思えたよ。

悠司さん

:

入学してすぐに受けた「アカスキ(アカデミック・スキル)」 っていう、大学での学び方や学生生活の送り方を教えてもらえる授業でグループになった6人が、実は全員現役生じゃなかった。それで一気に打ちとけられて(笑)。あとは、大学は中学や高校とは違って自由度も高くて、自分にとってとても過ごしやすいよ。

お父さん

:

一度社会に出て仕事をしたことは、今の大学生活に役立ってる?

悠司さん

:

仕事をするといろいろな人と関わるから、大学で人とコミュニケーションを取るのにすごく役立ったと思う。僕は小さい頃から、情報をキャッチするのはけっこう得意だったから、それをまわりの友だちと共有することがよくあるよ。

お父さん

:

大学に入ってからは、競技麻雀愛好会を自分で立ち上げたり、積極的にいろんな活動をしていて忙しそう。昔の悠司はリーダーになると、一人で突っ走っちゃうところがあったけど、大学生になってからはまわりをちゃんと見て、その上で仲間を巻き込みながら行動できるようになったみたいだね。

悠司さん

:

最近は探検部の主将に立候補して、投票で主将に決まったんだ。企画を作って、それに共感してくれる人と一緒にいろんな体験をするんだけれど、企画力や調べ物をする力がついたと思う。部内では自由に話しやすい雰囲気を作っていった方が、面白い企画もたくさん生まれるかなと思って、それで自分で立候補したんだ。

お父さん

:

それから、能登半島のボランティアを経験したり、インドネシアに海外派遣にも行かせてもらったね。

悠司さん

:

麗澤会の海外派遣は、異文化のことを理解したり共感することを目的とした10日間ほどの研修制度で、大学で選抜された12名に選ばれたんだ。僕にとっては初めての海外経験で、とにかく全部が新鮮だった!初日に、インドネシア料理を食べたら、ちょっと口に合わなくて焦ったけど、2日目から急においしいって思ったし(笑)。インドネシアに行ってから、世界がより近くに感じられて、いろんなことに挑戦してみたいなと思うようになったな。

お父さん

:

滞在中に熱を出して病院に行ったと聞いたから、無事に帰ってきた時は安心したよ。最近はいろんなところに所属しているから、近くで見ていて「少しオーバーワーク気味かな?」と思うこともあるけど、でも、今までで一番生き生きとしているね。

(2024年12月対談取材)